ケリグマケラ
ケリグマケラ | ||||||||||||||||||
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生息年代: 520–516 Ma[1] PreЄ Є O S D C P T J K Pg N ↓ | ||||||||||||||||||
生態復元想像図(旧復元) | ||||||||||||||||||
地質時代 | ||||||||||||||||||
カンブリア紀(Cambrian Stage 3) | ||||||||||||||||||
分類 | ||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||
Kerygmachela Budd, 1993 | ||||||||||||||||||
種 | ||||||||||||||||||
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ケリグマケラ(Kerygmachela)は、カンブリア紀に生息した古生物の1属。パンブデルリオンと同じくシリウスパセット動物群に属し、アノマロカリス類および節足動物に近縁と思われる「gilled lobopodians」(鰓のある葉足動物)の1つである。
本属はKerygmachela kierkegaardi 1種のみによって知られる。炎のようなけばけばしい触手(前部付属肢)に因んで、属名「Kerygmachela」はギリシャ語の「Kerygma」(宣言、布告など)と「chela」(爪)の合成である[2]。種小名「kierkegaardi」はデンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール(Søren Kierkegaard)に由来する[2][3]。
目次
1 形態
1.1 頭部
1.2 眼
1.3 胴体部
1.4 内部構造
2 生態
3 復元の経緯
4 系統関係
4.1 発見の意義
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
形態
体長は2.5㎝から25㎝にも及ぶ[4]。前端には長い棘をもつ触手、体の両側には11対の鰭(ひれ)と葉足、そして後端には1本[3]の長い尾を備えた動物である。全体の形態はパンブデルリオンによく似ているが、頭部の構成・葉足の発達具合・尾の有無などの相違点によって区別される。
頭部
頭の前方両側から張り出し、よく発達した1対の触手(前部付属肢)がある。前方に向かって、左右から嚙合わせるような構造になっている。表面は筋のような環節に細分され、アノマロカリス類のように関節肢化していない。内側には数本の棘が並び、先端の棘は細長くなる。触手の間、いわゆる頭部の前上方にある、丸みを帯びている部分が正面に向かって突き出している。口はその突出部の下面にあり、正面に向かって開口する。口にはアノマロカリス類やパンブデルリオンらしき環形の歯は無く、代わりに両側から1対の細い棘が備えおり、その基部は丸い構造体に接続している[3]。
眼
触手基部の後-腹側の頭部の領域には、1対の縦長い器官がある。分析により、これは原始的な複眼として考えられる。しかしこの複眼の形態は近縁のアノマロカリス類とは随分と異なり、眼柄はなく、形も円形にならない縦長いものである。眼が前部付属肢の後-腹側に付くという性質も、アノマロカリス類よりも有爪動物やオニコディクティオンなどの葉足動物に似通っている。また、上述の頭部の突出部には1対の小さな器官があり、補助的な眼であったと考えられる[3]。
胴体部
胴体の背側は多くの葉足動物のような細い筋に細分されると同時に、鰭の対数に応じて4つの瘤が1列ずつ並び、体節にあることを示す。体の後端に向けて次第、瘤が大きくなる。胴体の後端には、長い尾が1本備える[3]。かつて、この尾は2本として予想された(後述参照)。この1本の尾は、シンダーハンネスの剣状の尾、アノマロカリスの「終端1本の尾鰭」や、節足動物の尾節に相同であると思われる[3]。
11対の鰭は体の両側に並んでいる。表面には鰓として考えられる櫛状の構造体がある[2]が、オパビニアほどには明瞭でない[5]。幅の変化は多くのアノマロカリス類ほど著しくないが、第4-5対の鰭が最も発達し、前後に寄るほど短くなるため、全体が楕円型のような輪郭になる[3]。パンブデルリオンほどには発達でないものの、それぞれの鰭の下側には短い葉足(葉足動物らしい柔軟な脚)が具えている[2][6]。
内部構造
消化管、筋組織と脳が確認される。口に繋がる咽頭は特殊化しており、太くて環節構造に細分される[3]。鰭および体節に応じて、中腸には8対の消化腺が並んでいる[7]。このような消化管は、他のDinocaridida類のものや基盤的な真節足動物にも見られる[7]。脳は口の上側に位置し、構造はそれ以前に発見されたアノマロカリス類の1種ライララパクスのように、脳神経節は前大脳1つだけで、触手と眼の神経に対応する。触手の神経には、棘に対応する分岐も見られる。脳の前方には突出した神経があり、頭部の突出部に差し込んでいる[3]。パンブデルリオンに比べて葉足の筋組織は比較的に貧弱である[8]。
生態
ケリグマケラは、自由遊泳をする活発な捕食者であったと考えられる[1]。
復元の経緯
パンブデルリオンと同じく、化石はグリーンランドのシリウスパセットという化石産地のみに発見さる。1993年から2018年(後述)までには唯一の完全化石であるタイプ標本に従い、眼を欠けており(もしくは背側に備え[9])、口は胴体の最前端に開口すると考えられた。また、その化石の尾は片側に屈曲するため、尾は元々2本で、反対側の尾が何かの経由で欠如しているだと予想された[2]。
しかし、2018年には、脳の構造に注目すると同時に、15個の新たな化石標本に基づいて、上記の一部の特徴を書き換える研究が発表された。眼は触手の後腹側に備え、しかも多数のレンズからなり、いわゆる複眼である。口そのものは頭部の最前端ではなく、頭部の腹側に位置する(開口部の向きは従来の通り正面とされる)。そして、新たな化石標本の尾は1本のみであったことから、従来の「尾は2本で、標本では1本が欠損していた」という推定は否定された[3]。
系統関係
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節足動物のステムグループを中心とする、簡略化された汎節足動物の系統関係[5][10]。 |
同様に"鰓のある葉足動物"「gilled lobopodians」と呼ばれるパンブデルリオン、オパビニアと共に、ケリグマケラはアノマロカリス類に類縁し、節足動物のステムグループ(初期脇道系統)に位置するDinocaridida類という基盤的な節足動物と考えられる[11][12][7][13][5][10][9]。二叉型付属肢の起源を示唆する鰭と葉足からなる付属肢構成、および節足動物らしい消化腺をもった消化管の構造は、いずれもこの系統関係に裏付ける証拠であるとされる[7][5][9]。
パンブデルリオン
オパビニア
発見の意義
ケリグマケラを始めとして、「gilled lobopodians」の発見により、葉足動物の汎節足動物(有爪動物・緩歩動物・節足動物からなる)における系統関係は大きく書き換えられた。それ以前に発見された葉足動物は、いずれも有爪動物らしい「脚の付いた蠕虫」様の姿をもち、従て、葉足動物は現生の有爪動物(カギムシ)のみに類縁する原始的な有爪動物と考えられた[14]。しかしこのケリグマケラは、従来の葉足動物らしい特徴(柔軟で関節のない葉足と体など)を持つと同時に、アノマロカリス類および節足動物らしい特徴(二叉型付属肢の起源を示唆する鰭と脚の組み合わせ・前部付属肢など)をも備えていた[2][5][10]。これによって、葉足動物は有爪動物だけでなく、節足動物と緩歩動物、いわゆる全ては汎節足動物の共通祖先をも含んだ側系統群であることが示唆され、従来の葉足動物にみかける有爪動物らしいとされた形質も、単なる汎節足動物の共有原始形質に過ぎず、葉足動物と有爪動物の系統関係への再検討もなされるようになった[2]。
汎節足動物 1つの脳神経節 |
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そして脳と複眼の発見により、節足動物の複眼を構成する視覚単位(個眼)は、葉足動物の単眼に由来することと、汎節足動物の共通先祖は1つの脳神経節のみを持つことが示唆される。この発見は、節足動物と脊索動物の3つの脳神経節という共有形質は収斂進化の結果である説に裏付ける証拠ともされる[3]。
参考文献
- ^ abc“Fossilworks: Kerygmachela kierkegaardi”. fossilworks.org. 2018年11月2日閲覧。
- ^ abcdefgh
Budd, Graham E. (1993), “A Cambrian gilled lobopod from Greenland”, Nature 364 (6439): 709, doi:10.1038/364709a0, https://www.nature.com/articles/364709a0.pdf
- ^ abcdefghijkPark, Tae-Yoon S.; Kihm, Ji-Hoon; Woo, Jusun; Park, Changkun; Lee, Won Young; Smith, M. Paul; Harper, David A. T.; Young, Fletcher et al. (2018-03-09). “Brain and eyes of Kerygmachela reveal protocerebral ancestry of the panarthropod head” (英語). Nature Communications 9 (1). doi:10.1038/s41467-018-03464-w. ISSN 2041-1723. https://www.nature.com/articles/s41467-018-03464-w.
^ 「5億年前の肉食動物、「意外な脳」が明らかに」『』。2018年11月1日閲覧。
- ^ abcdeVan Roy, Peter; Daley, Allison; E G Briggs, Derek (2015-03-11). “Anomalocaridid trunk limb homology revealed by a giant filter-feeder with paired flaps”. Nature 522. doi:10.1038/nature14256. https://www.researchgate.net/publication/273467554_Anomalocaridid_trunk_limb_homology_revealed_by_a_giant_filter-feeder_with_paired_flaps.
^ III, Sam Gon. “Species Accounts”. www.trilobites.info. 2018年11月1日閲覧。
- ^ abcdVannier, Jean; Liu, Jianni; Lerosey-Aubril, Rudy; Vinther, Jakob; Daley, Allison C. (2014-05-02). “Sophisticated digestive systems in early arthropods” (英語). Nature Communications 5 (1). doi:10.1038/ncomms4641. ISSN 2041-1723. https://www.nature.com/articles/ncomms4641.
^ Young, Fletcher J.; Vinther, Jakob (2016-11-25). “Onychophoran-like myoanatomy of the Cambrian gilled lobopodian Pambdelurion whittingtoni” (英語). Palaeontology 60 (1): 27–54. doi:10.1111/pala.12269. ISSN 0031-0239. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/pala.12269.
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- ^ abc“Making sense of ‘lower’ and ‘upper’ stem-group Euarthropoda, with comments on the strict use of the name Arthropoda von Siebold, 1848 | Request PDF” (英語). ResearchGate. 2018年11月1日閲覧。
^ BUDD, GRAHAM E. (1996-03). “The morphology of Opabinia regalis and the reconstruction of the arthropod stem-group” (英語). Lethaia 29 (1): 1–14. doi:10.1111/j.1502-3931.1996.tb01831.x. ISSN 0024-1164. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1502-3931.1996.tb01831.x.
^ “(PDF) Arthropod fossil data increase congruence of morphological and molecular phylogenies” (英語). ResearchGate. 2018年11月1日閲覧。
^ “(PDF) Hallucigenia's onychophoran-like claws and the case for Tactopoda” (英語). ResearchGate. 2018年11月1日閲覧。
^ Ramsköld, L.; Xianguang, Hou (1991-05). “New early Cambrian animal and onychophoran affinities of enigmatic metazoans” (英語). Nature 351 (6323): 225–228. doi:10.1038/351225a0. ISSN 0028-0836. https://www.nature.com/articles/351225a0.
関連項目
葉足動物
- ハドラナックス
- 節足動物
Dinocaridida
Gilled lobopodians
- パンブデルリオン
- オパビニア
- アノマロカリス類
- シリウス・パセット動物群
外部リンク
- 5億年前の肉食動物、「意外な脳」が明らかに | ナショナルジオグラフィック日本版サイト